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仙台高等裁判所 昭和25年(う)79号 判決

被告人

近内利重

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人本田詮男の控訴趣意第一点について。

(イ)  司法警察員が逮捕状に依り被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状に依り逮捕された被疑者を受取つたときは直ちに犯罪事実の要旨及弁護人を選任することができる旨を告げた上弁解の機会を与えなければならないこと及本件記録中には司法警察員が被告人を逮捕した当時、被告人に対し弁護人を選任することができる旨を告知したと認めらるべき資料がないことは所論の通りである。しかし新刑事訴訟法においては、旧法における場合と異り、搜査の段階における総ての関係書類を記録に編綴するものではないのであつて、記録に編綴するのは、証拠調を終えた関係書類のみであるから、当事者より証拠調の請求がなかつた書類が記録に編綴しないのは当然である。而して被疑者の司法警察員に対する弁解録取書の如きは特段の事情がない限り証拠方法としての価値がないものと認むべきであるから、検察官がこれに対し証拠調の請求をしなかつたのは寧ろ当然であると謂わなければならない。されば記録上司法警察員が逮捕後被疑者に対し、弁護人を選任することができる旨告知した形跡がないことの一事を以て、直ちに刑事訴訟法第二百三条所定の告知をしなかつた違法があると断ずることはできないのである。しかのみならず原審第二回公判調書に依れば、弁護人は所論の供述調書を証拠とすることに同意しているのであるから、原審がこれを証拠として採用したとしても、毫も採証の法則に違反したとか理由不備の違法があると云うことはできない。論旨は理由がない。

同第二点について。

(ロ)  刑事訴訟法は、証拠調手続の方法として証拠書類の取謂手続については第三百五条、証拠物のそれについては第三百六条、また証拠物中書面の意義が証拠となるものの取調については第三百七条においてそれぞれ規定している。即ち証拠物中書物の意義が証拠となるものの取調は朗読と展示の双方の方式を必要としているのである。しかし証拠物の存在や状態が証拠となる場合には展示の必要があるがその存在や状態が証拠とならない場合には展示の必要はないのであるから、押收されたものでも単に書面の意義だけが証拠となるものは、証拠手続の面からは証拠物と解すべきではなく、これを証拠書類と解すべきであつて、裁判所又は裁判官の前で法令に依つて作成された訴訟書類だけが証拠書類で、その他の書面はすべて証拠物たる書面と解する説もあるが、合理的根拠に乏しいのである。裁判所又は裁判官の前で法令に依り作成された訴訟書類が文書の成立の眞正が明白であるならば、検察官や司法警察官が法令に依つて作成した書類も同じくその成立の眞正が明白であるといわなければならない。故に取調に展示を必要とするかどうかは文書の成立の眞正が明白であるかどうかに依るのでなく、文書の存在又は状態が証拠となるかどうかに依るべきであると解するを相当とする刑事訴訟法第三百七条は証拠物たる書面がその意義証拠となると同時に、その存在又は状態が証拠となる場合は、これを取調べるに当つて朗読と展示の方式に依るべきことを規定したものと解すべく、その存在や状態が証拠とならない場合には展示を要しないものと解するのが相当である。而して所論の各書類は単に書面の意義が証拠となるだけで、その存在や状態が証拠となるものでないことは記録上明白であるから、これは証拠書類取調の方式に依れば足りると解すべきである然らば原審がこれが取調を為すに当りこれを展示しなかつたとしても、朗読の方式を履踐したことが記録に徴し明らかである以上、原判決がこれを罪証に供したのは適法であつて、所論のような違法はない。

(弁護人本田詮男の控訴趣意)

第一点 憲法第三十四条は「何人も理由を直に告げられ且つ直に弁護人に依賴する権利を与えられなければ抑留又は拘禁されない云々」と規定し違法に監禁を受けない権利を保障して居り此の憲法の規定に基いて刑事訴訟法第三十条は被疑者に弁護人選任権があることを明らかにして居り又刑事訴訟法第二百三条は「司法警察員は逮捕状により被疑者を逮捕したとき………は直に犯罪事実の要旨及弁護人を選任することができる旨を告げた上弁解の機会を与え………」た上始めて被疑者を拘束することが出来る旨を規定している、即ち之等の規定は被疑者が例令適法に逮捕されても其後之を拘禁するには前述の様な要件を具備することを必要とすることを明らかにし因つて被疑者に完全に弁護権を行使せしめ防禦の準備を為す機会を与えんとしたものであつて斯様な告知をしない搜査手続は違法であり不当拘束であることは論を俟たない。

今本件訴訟記録を精査するに被告人は昭和二十四年九月十四日午後六時十五分適法な逮捕状に因て逮捕され同日直に司法警察員によつて被告人の供述調書が作製され同月十六日検察庁に送致され同月二十六日起訴されて居る事は明瞭である而も被告人は同年十月二十七日に弁護人を選任して居るのであつて逮捕当時弁護人がなかつた事も明瞭である然るに訴訟記録上司法警察員が逮捕後直に被疑者に対し弁護人を選任することが出来る旨を告知したと認めらるべき何物もないのであつて畢竟斯様な告知をしなかつたと認めるの外はないのである、従つて本件の搜査手続は全部違法であり斯様な搜査手続によつて作成された各供述調書は全部違法且つ無效と云わなければならない。

然るに原判決は斯る違法且つ無效の司法警察員作成の被疑者供述調書を以つて事実認定の証拠に引用したのは採証の法則に違反し理由不備の違法がある。

第二点 刑事訴訟法第三百五条に所謂証拠書類とは起訴後其事件に付て法令に基き裁判所又は裁判官の面前で作成された書面で証拠になるものを指すのであつて搜査手続の段階で作成された書面は同法第三百七条の書面の意義が証拠となる証拠物に該当するのである。

従つて斯様な書面の証拠調は朗読且つ展示しなければならないのである。

然るに本件訴訟記録を精査すると原判決で証拠に引用した検察官提出の司法警察員及検察事務官作成の各被疑者供述調書及被疑者供述調書検察事務官の石森茂、關根正信の各供述調書は何れも其証拠手続で之等の書面を朗読したのみで展示していない(記録十八丁及二十丁)ことは明瞭である。

斯様な証拠調手続は刑事訴訟法第三百七条に違反し判決に影響を及ぼすことは明らかであり且つ之を事実認定の証拠に引用した原判決は理由不備の違法がある。

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